緒方が特殊詐欺に遭う話

 

 

 複数の高齢者から現金約460万円をだまし取ったとして、熊本地裁は男に有罪判決を言い渡した。

 判決を受けたのは熊本市の緒方尊比古(25)。判決によると緒方被告は20XX年6月から20XX年11月にかけて、不正に入手したキャッシュカードを使って現金を引き出すなど、特殊詐欺に加担したとして窃盗の罪に問われていた。

 裁判で緒方被告は、犯行の動機について「恋人との結婚資金のためだった」などと説明。

 裁判長は「社会的弱者の財産を狙った手口は悪質で重大」などと指摘した一方で、「反省と謝罪の言葉を述べ、また酌むべき事情がある」と犯行が脅され、指示されたものであることを考慮した。懲役3年6ヶ月の有罪判決を言い渡した。


熊本〇〇新聞より引用

 


 


 その日は、古賀の結婚式だった。

 古賀は大学を卒業後、社会人3年目の春に、学生時代から交際していた女性と結婚した。

 結婚式は素晴らしいものだった。挙式と披露宴を終え、緒方と梅崎、糸永は二次会の会場へ移動した。立食形式のパーティだった。

 パーティがはじまってしばらくしてから、緒方たちのテーブルに古賀が顔を出した。その時、どうしてそんな話になったのかは覚えていないが、そんな話になったのだ。

 

「結婚って、そんなに金がかかるのか」


 緒方が聞き返すと、古賀はなんでもないみたいに答えた。


「そう、300万。びっくりだよね。貯金、ほとんどなくなっちゃったよ」


 古賀は、へなへなと笑っていた。少し酔っているみたいだった。

 300万。緒方の人生では、聞いたことのない額の数字だった。


「明日から新婚旅行でハワイなんだ」


 明らかに浮かれた古賀は、話もそこそこに、緒方たちに手を振って新婦のもとへと戻っていった。新郎は、忙しいらしかった。

 会が終わって、緒方と梅崎と糸永は帰路に着いた。


「古賀、幸せそうだったな」


 駅に向かう途中で、梅崎が言った。緒方と糸永もそれに同意した。

 


 

 

 緒方が梅崎と付き合いだして、もう6年になる。高校を卒業する時に、緒方から告白をした。

 緒方は、次の梅崎の誕生日にプロポーズをしようと考えていた。

 だから緒方は、古賀の話を聞いて焦った。緒方に貯蓄はなかった。

 緒方は、家族経営で牧場の仕事をしている。経理はからきしのためほかの兄弟に任せているが、家畜の世話は緒方の得意とするところだった。決して裕福ではないが、十分生活できたし、幸せだった。

 結婚にそんなにお金が必要だとは。緒方は焦った。

 実際は、2人で暮らすだけなら、そこまでのお金は必要ないはずだ。式だって、あげなければお金もかからない。

 しかし、緒方は考えたことがなかったから、わからなかった。結婚にはお金がかかると、古賀に言われるまま信じた。

 緒方は、休日に働くことのできるアルバイトを探しはじめた。

 緒方がまずはじめたのは、夜間の道路工事のアルバイトだ。近所のコンビニエンスストアに置かれていた求人誌を見て、牧場の仕事を続けながらできる仕事が、それだった。睡眠時間は減るが、若く体力のある緒方にとって、それは大したことではなかった。

 しかし、これがよくなかった。


 その夜の現場は、駅前の繁華街だった。工事の休憩中、通りすがりの男が話しかけてきた。高校時代の同級生のAだった。

 

「緒方、こんなところで働いてるのか」


 Aとは親しくなかったが、顔は覚えていた。Aがやけに親密そうに話しかけてきたため、少しばかり世間話をした。恋人と結婚するための費用を稼ぐのだと話すと、Aはそうかそうかと、作ったような顔で笑った。


「俺がもっと簡単に儲かる仕事を紹介してやるよ」

 


 


 Aの最初の指示は、実に簡単なことだった。スマホを貸すだけで1万円がもらえるのだという。ゲームのイベントで大量のスマホが必要だから、との説明だった。

 指示された通り、駅前のコインロッカーにスマホを入れる。数日後に同じロッカーを確認すると、スマホの返却とともに一万円がいれられていた。

 こんなことで金がもらえるのかと、拍子抜けした。

 次の仕事を頼まれたのは、それから1週間後だった。Aから電話があった。


「暗号資産の取引をしたい顧客のニーズに応える仕事をしてるんだ。緒方の住所や名前、連絡先を貸してほしい」


 Aから1時間ほど、電話で説明を受けた。仮想通貨については全く知識がなかったこともあり、相手が次々に繰り出す専門用語、巧みな弁舌にのまれてしまった。

 Aは親切だった。緒方と梅崎のことを心配するような話しぶりだった。


「2人が結婚できるように、応援してるよ」


 緒方は、すっかりAを信頼していた。

 自宅の住所を相手に伝えると、翌日、自宅に宅配便が送付されてきた。受け取って中身を確認することなく、Aの指示に従い、公園で氏名不詳の人物に宅配物を手渡した。報酬として2万円を受け取った。

 


 


 秋の初め、古賀と会った。古賀が熊本まで遊びに来てくれた。梅崎と結婚するため、アルバイトを頑張っている話をしたら、古賀はやけに神妙な顔をした。


「それ、梅ちゃんには相談したの?」


 古賀はきっと喜んでくれると思っていた。しかし、返事は不穏だった。梅崎に相談はしていない。驚かせたいからだと伝えると、古賀の表情はますます曇った。


「それ、詐欺かもしれない」


 詐欺?詐欺っていうのは、人を騙すということだ。緒方がやったのは、スマホを預けたり、住所を教えたり、荷物を運んだだけだ。詐欺をした心当たりはなかった。


「そんなことでお金がもらえるなんて、おかしいと思わん?やめた方がいいと思う」


 古賀が言った。確かに、それはそうだった。


 古賀が帰った後、胸騒ぎがしてAに電話をした。そういえば、こちらから電話をかけるのははじめてだった。いつも用事がある時だけ、Aが連絡をくれるのだ。


「これ、大丈夫なんだよな?」


 繋がるや否や、緒方は聞いた。


「急にどうしたんだよ。大丈夫だよ」


 Aは緒方の不安を吹き飛ばすかのごとく笑った。冷たいAの笑い声を聞いて、緒方は、自分の鈍っていた感覚が、研ぎ澄まされていくのを感じた。


「もう、この仕事はやめる。牧場の仕事だけにする」


 Aがなんと言うか、緒方は少し恐れた。


「そうか、わかった」


 しかし、Aの返事は予想外にあっけないものだった。


「悪いけど、最後にひとつだけ頼まれてくれないか」


 Aはそう言った。これが最後だと、しぶしぶ引き受けた。

 いつも通り、荷物を運ぶ仕事だった。夜の公園に、バイクで向かった。指定された公衆トイレに荷物を置く。

 トイレを出たところで、後頭部に衝撃が走った。目の前が一瞬真っ暗になって、気がついたら地面に倒れていた。背後から誰かに殴られたのだ。地面でうずくまっていると、頭上から男の声がした。


「やめられるわけねーだろ。お前が今までやってきたことは全部詐欺だよ。やめたらお前の恋人を殺すからな」


 恐ろしい声だった。いつもとあまりに違うので理解するのに時間がかかったが、おそらくAの声だった。

 ゆっくりと後頭部を触ると、出血している。

 スマホに受信がある。匿名で使用できるアプリだ。このアプリも、Aにダウンロードするように指示されたものだった。アプリを開くと、梅崎の写真が受信されていた。すべてバレているのだ。

 


 


「タタキに入れ」

「タタキ?」


Aから2週間ぶりに連絡が来た。ちょうど後頭部の傷が治りかけていた時だった。


「これだからバカは困る」


Aは電話越しでもわかるほど心底ばかにしたように深いため息をついた。緒方と梅崎の結婚を応援していた時のAとは別人のようだった。

 タタキとは、強盗のことだった。


「そんなことできるわけない」


 緒方が拒否すると、Aが続けた。


「お前の恋人を殺すからな」


 Aから自宅へ、小包が送られてくる。侵入先の住所、ガムテープや軍手と一緒に、強盗のマニュアルが送られてくる。


『インターホンを押して、火災報知器の点検だと説明し、家に入りましょう』


 ポップな字体の横には、イラストまで添えられている。


『元気!笑顔!この2つでお年寄りはあなたを信用します』

 


 


 その日の夜、Aに指定された家まで来た。寝たきりの高齢男性と、その妻の二人暮らしなのだと聞いていた。

 その家の前で、緒方は梅崎に電話をした。これまでの出来事、繰り返した犯行、梅崎を殺すと脅されていたこと、余すことなくすべてを明かした。


「バカだとは思ってたけど、こんなにバカだとは思わなかった」


 電話口の向こうで、梅崎が泣いていた。


「自首しよう」


 強盗には入らず、自宅に戻った。Aからは何度も電話がかかってきていたが、無視した。

 自宅に帰ると、パトカーが止まっていた。梅崎が、警察に通報していたのだ。そのことは、逮捕後に梅崎から届いた手紙で知った。

 

 


 

 


 20XX年、熊本地裁は懲役3年6ヶ月の実刑を言い渡した。

 緒方は控訴をせず、判決が確定した。