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川北くんと付き合って、1ヶ月が経つ。


川北くんは、大学に入学した頃から目立っていた。カッコよくて、話が面白くて、何かと話題の中心にいる人だった。川北くんをいいなと思っている女の子は、私の他にもいた。はやくしないと、誰かと付き合ってしまうかもと、必死だったから、授業が終わった後に、私から川北くんに声をかけたのだ。


「2人で、どこか出かけようよ」


川北くんは、目を丸くした。クラスメイトとはいえ、ろくに話したことのない私に、デートに誘われたから、驚いたのだ。


「いいよ」


川北くんは、そう言って笑った。私のことを、少し面白がっているふうでもあった。

 

 

 

 


その週の日曜日、昼過ぎに駅前に集合した。映画を見て、夕食を食べる。そういうのがいいと、雑誌に書いてあったのだ。


「山田は、こういう映画が好きなの」


映画は、海外のアクション映画だ。私が2枚、チケットを用意しておいた。


「アクションは、わかりやすいから好き」


映画は派手で、愉快で、面白かった。アクション映画は、まあまあ好きだ。わかりやすいから。難しい映画は、苦手だ。


夕食は、映画館のそばのイタリアンレストランを予約していた。この後どうする?と聞かれたので、夕食を予約してあると伝えると、川北くんは笑った。

 
「こんなふうに、女の子にエスコートしてもらったの、はじめてだな」


確かに、やりすぎたかもしれなかった。私は結構、かっこつけだ。失敗したくなくて、準備したのだ。


夕食を終えると、川北くんはウチまで送ってくれた。今来た道を戻る川北くんの背中に向かって、私は呼びかけた。


「私、川北くんのことを、いいなと思ってる。だから、付き合ってほしい」


川北くんが、振り返る。驚いた顔をして、それから、笑って答えた。


「いいよ」


こうして私たちは交際を開始した。

 

 

 

 


川北くんと付き合って、1ヶ月が経つ。手は、繋いだ。キスもした。エッチは、まだしていない。


はじめてのキスは、川北くんのサークルの飲み会の帰り道だった。


川北くんは、お笑いのサークルに入っている。週末に川北くんの出演するライブがあると、クラスメイトから聞いた。誘われたわけではなかった。でも、ぜひ見たいと思って、1人で見に行った。誘われたわけではなかったので、コッソリ行った。


ライブは、面白かった。川北くんが1番面白かった。満足して帰ろうとしたところに、川北くんから連絡が来た。


「山田は来ると思ってたんだ」


別に舞台の上から私を見つけたというわけではないらしかった。


「どうして来ると思ったの」

「山田は、真面目だから」


なんとなくの流れで、私もライブの打ち上げに参加することになった。


川北くんは、お酒を飲まない。飲めない体質なのだという。でも飲み会には大抵いる。付き合いがいいのだ。


コーラしか飲んでないくせに、酔ったみたいなふりをして、私の腕を掴んで、みんなの輪をコッソリ抜け出して、そのあたりの路上で、私たちはキスをした。私にとっては、うまれてはじめてのキスだった。満天の星空の下でとか、見渡しの良い夕焼けの丘でとか、観覧車のてっぺんでとか、そういうことを夢見ていたけれど、みんなの輪をコッソリ抜け出してするキスは、なかなかどうして、悪くなかった。川北くんのキスは、流れるようで、なんだかすごく自然だった。


男の子と付き合うのがはじめてだということは、川北くんと付き合い始めた時にすぐに伝えた。そういうことは隠すべきではないと、雑誌に書いてあったのだ。


川北くんが女の子と付き合うのがはじめてではないということは、川北くんと予備校が一緒だったクラスメイトが言っていた。こういうことは、聞いていなくても、勝手に耳に入ってくるものだ。


川北くんは、またウチまで送ってくれた。デートのたび、川北くんはウチまで送ってくれる。


「川北くんが1番おもしろかった」


道中、私がそう言うと、川北くんは満足そうに笑った。


「まあ、そうだろうなあ」


川北くんは冗談めかしている。


「じゃあ」


玄関先まで私を見送ると、川北くんはそのまま帰って行った。川北くんがウチにあがったことは、ない。私の緊張が、伝わっているのかもしれない。

 

 

 

 


川北くんと付き合ってから、1ヶ月経つ。川北くんに、好きだと言われたことは、まだない。


「川北くんは、私のどこが良いのだろう」


クラスメイトに、聞いてみる。こういう恋愛にまつわることは、クラスメイトに聞くのが1番と、相場が決まっている。


「私から見ていると、川北くんはそれなりに、梓を気に入っているように見えるけど」

「そうかなあ」


友人は少し、めんどくさそうな感じもある。


「1度も好きって言われたことないし」


まだセックスもしたことないし。これは、恥ずかしくて、相談できない。


「大学生なんて、そういうものよ」


ソウユウモノか。エッチをしないと振られてしまうのかな。嫌だな。川北くんと別れるのは嫌だ。エッチをするのも、まだ、嫌だ。

 

 

 

 

 

今日は、川北くんのウチに誘われている。夕食に鍋を作って、2人で食べる。時間も遅いので、もしかしたら、泊まることになるのかもしれない。いちおう、カワイイ下着をつけている。


駅前で集合する。川北くんのウチにいくまでの道中にあるレンタルビデオショップで、映画を借りる。


後から聞いたら、川北くんはアクション映画をそんなに好きではないらしい。2人で相談して、アメコミを借りた。


適当に鍋を作って、適当に食べた後に、借りてきた適当な映画を見る。アメコミならわかりやすいかと思っていたけれど、シリーズものらしく、さっぱり内容がわからない。


全然わからないので、チラリと川北くんの方を盗み見る。目があって、流れるようにキスをする。そのまま、ベッドに押し倒されていく。すごく自然に。


「川北くんは、私のどこが良いの」


押し倒されながら、私は聞いた。川北くんは、ポカンとしている。しばらく黙ってから、話し出した。


「山田は覚えてないだろうけど」


川北くんはそう前置きした。


「はじめてデートした時の帰りに、鼻歌を歌ってただろう」

「はあ」


川北くんの言う通り覚えていないが、そんなこともあったかもしれない。


「その曲が『心の瞳』だったのが、なんかよかったんだよな」


なんだ、それ。


川北くんの顔を見て、笑った。川北くんも、笑っていた。なんだかそういう雰囲気ではなくなってしまって、ベッドに並んで天井を仰いだ。


その日はそのまま寝た。アメコミの映画は結局何もわからなかった。カワイイ下着の出番もなかった。今の私には、これくらいがちょうどよかった。